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2006.01/27 [Fri]
貸レコード・・・
昨年 急に始まった、我が青春のロック回帰現象だが・・・

あいもかわらず続いている。
というより、今年の
CD購入ペースはすでに昨年を大きく上回っている。
これではいくらかかるのか
わからんという事で

再び物置捜索隊を発動。
まあ出るわ出るわ。
カセットテープの山。TDK SONY・・・
テープの種類を見ているだけでも懐かしいですね。
で、当時 自分で書き込んだのであろうラベルを見ると
ほとんどが"ある貸レコード屋"で借りたものをテープに落としたものであることが判明。
オラが田舎町にはまだ貸レコード屋などほとんどなく(都会にはあったのか・・・?)
まあ非常に数少ない時代だったのだが(その後 あちこちに友&愛なるチェーン店がタケノコのようにあふれ出した)

その中でも "その店"はチェーン店ではなく そこにしかない店で(その後 支店も出したが)レアな盤がたくさんあった。
特にインディーズ物に関しては かなりの数を置いていたと記憶している。
店長は色白というか青白で痩せていて 今でいうと"オタク"そのものの風貌で その後 宅***なる"オタク野郎"がTVに出てきたときには
「あ!店長」とおもわずTV画面を指差してしまったほど似ていた。
まぁレコード 特にインディーズ(自主制作盤)に関してはかなりの知識があったから そこに関しては間違いなく"オタク"であったのであろう。
学校帰り 時には朝から授業をサボってプラプラしているときに
必ずといっていいほど寄っては数枚のレコードを借りてきたものだった
当時 自主制作で一番人気だったスターリンのTRASHは何度も聴くからテープが磨り減ってダメになるから 何度も借りて 何本もテープに落とした。
たしか、何度も盗難にあったのも このTRASHだったはずだ。
いまでは会員証といえばデータベース化された磁気カードが当たり前だけど 当時はちょっといい紙でできた 店名と会員番号が印刷されただけの会員証で一枚借りてスタンプ一個みたいな しょぼいものだったから よく落としたりして それを拾ったやつが本人に成りすまし、望みの盤を借りてそのままトンズラってことが多かった。
もちろん その頃のTRASHはすでにレアで入手するのも非常に困難だったから パンクスには涎たらたらもんだったし テープに落としたやつでも貴重だった。
それを盗まれては 再び入手 また盗まれ また入手を何度か繰り返していたから あの店長はどこでどうやって手に入れていたのか・・・
やはり"只者ではない"(なかった)のである。
コメントをはんなさんからいただいたが子供ばんどもこの頃この店で借りて聴いていた。
子供ばんどに関してはコチラのサイトさんで紹介されています
うじきつよしがバンドマンだったということを知らない人も多いと思う
現に、うちの嫁さんは知らなかった。
サマータイムブルースは子供ばんどのものが大好きだな
バンドでオリジナルを作ったときの歌詞はこのサマータイムブルースから少しだけパクった。
"踊ろじゃないか"は自分のバンドのラストに絶対にやりたいと思ったなぁ。

今回の物置捜索隊は約5分の1を終えたところで日没のため終了。
サンロードに入って、丸井を過ぎてすぐ右側の二階にあった
あの"貸レコ屋"はもうずいぶん前につぶれてしまって今はない。
たまに電車に乗ると例の"オタク店長"が乗っていて「どうも」と挨拶を交わしたこともあった。
後にその店長が実は社長だったと知ったのも 店が無くなってから。
バンドがコンテストで順調にいってるといったら
「もし自主制作するなら紹介してやるよ」と言ってくれたりもした。
時々嫁と子供をつれてサンロードを歩くと
「ここにあったんだなぁ」と懐かしく二階を見上げてしまう。
あの店長(社長)どうしてるのかな・・・・・
借金に追われているか もしかして今頃こんな商売をしているかもなぁ




明日は静岡へ観戦に行ってきます。
あいもかわらず続いている。
というより、今年の
CD購入ペースはすでに昨年を大きく上回っている。これではいくらかかるのか
わからんという事で再び物置捜索隊を発動。
まあ出るわ出るわ。
カセットテープの山。TDK SONY・・・
テープの種類を見ているだけでも懐かしいですね。
で、当時 自分で書き込んだのであろうラベルを見ると
ほとんどが"ある貸レコード屋"で借りたものをテープに落としたものであることが判明。
オラが田舎町にはまだ貸レコード屋などほとんどなく(都会にはあったのか・・・?)
まあ非常に数少ない時代だったのだが(その後 あちこちに友&愛なるチェーン店がタケノコのようにあふれ出した)
その中でも "その店"はチェーン店ではなく そこにしかない店で(その後 支店も出したが)レアな盤がたくさんあった。
特にインディーズ物に関しては かなりの数を置いていたと記憶している。
店長は色白というか青白で痩せていて 今でいうと"オタク"そのものの風貌で その後 宅***なる"オタク野郎"がTVに出てきたときには
「あ!店長」とおもわずTV画面を指差してしまったほど似ていた。
まぁレコード 特にインディーズ(自主制作盤)に関してはかなりの知識があったから そこに関しては間違いなく"オタク"であったのであろう。
学校帰り 時には朝から授業をサボってプラプラしているときに
必ずといっていいほど寄っては数枚のレコードを借りてきたものだった
当時 自主制作で一番人気だったスターリンのTRASHは何度も聴くからテープが磨り減ってダメになるから 何度も借りて 何本もテープに落とした。
たしか、何度も盗難にあったのも このTRASHだったはずだ。
いまでは会員証といえばデータベース化された磁気カードが当たり前だけど 当時はちょっといい紙でできた 店名と会員番号が印刷されただけの会員証で一枚借りてスタンプ一個みたいな しょぼいものだったから よく落としたりして それを拾ったやつが本人に成りすまし、望みの盤を借りてそのままトンズラってことが多かった。
もちろん その頃のTRASHはすでにレアで入手するのも非常に困難だったから パンクスには涎たらたらもんだったし テープに落としたやつでも貴重だった。
それを盗まれては 再び入手 また盗まれ また入手を何度か繰り返していたから あの店長はどこでどうやって手に入れていたのか・・・
やはり"只者ではない"(なかった)のである。
コメントをはんなさんからいただいたが子供ばんどもこの頃この店で借りて聴いていた。
子供ばんどに関してはコチラのサイトさんで紹介されています
うじきつよしがバンドマンだったということを知らない人も多いと思う
現に、うちの嫁さんは知らなかった。
サマータイムブルースは子供ばんどのものが大好きだな
バンドでオリジナルを作ったときの歌詞はこのサマータイムブルースから少しだけパクった。
"踊ろじゃないか"は自分のバンドのラストに絶対にやりたいと思ったなぁ。
今回の物置捜索隊は約5分の1を終えたところで日没のため終了。
サンロードに入って、丸井を過ぎてすぐ右側の二階にあった
あの"貸レコ屋"はもうずいぶん前につぶれてしまって今はない。
たまに電車に乗ると例の"オタク店長"が乗っていて「どうも」と挨拶を交わしたこともあった。
後にその店長が実は社長だったと知ったのも 店が無くなってから。
バンドがコンテストで順調にいってるといったら
「もし自主制作するなら紹介してやるよ」と言ってくれたりもした。
時々嫁と子供をつれてサンロードを歩くと
「ここにあったんだなぁ」と懐かしく二階を見上げてしまう。
あの店長(社長)どうしてるのかな・・・・・
借金に追われているか もしかして今頃こんな商売をしているかもなぁ
明日は静岡へ観戦に行ってきます。











ちなみにここの管理人さんと以前メールを交わさせていただき「子供ばんど談義」をさせていただきました。オアツイ人でした。ファン生息マップの大阪「びわこのビナちゃん」が私です。
しかし、ナイス選択のレンタルレコード屋さんですね。一般の客は少なそうですが^^: